近世城郭のルーツ
 信長の野望はここから始まった・・・

発掘調査によって発見された石垣や屋敷建物跡により、天下統一を目指す信長がここ小牧山城で近世城郭、いわゆる「日本の城の源流」を築き上げていたことがわかってきたのです。

信長の「石垣の城」が見つかる!

主郭をめぐる斜面で石垣を発見。小牧山城は、中世以来の「土の城」ではなく、革新的な「石の城」であることが判明しました。
信長の城で石垣が使われたのは、滋賀県の安土城がはじまりと言われていましたが、安土城築城から13年も前に小牧山城で石垣が使われていたことが分かりました。

石垣の石に文字が!!

墨書のある石垣石材が出土しました。
調査の結果、墨書は「佐久間」と判読され、佐久間信盛に代表される佐久間一族が小牧山城の築城に関わっていた可能性があります。
→れきしるこまき(小牧山城 史跡情報館)で実物を見ることができます!

鉄壁の守り「虎口」跡を発見!

山頂西側の斜面でも石垣の遺構が発見されました。この遺構は城に通じる出入口「虎口(こぐち)」の跡とみられます。
虎口とは・・・一度に多人数が城の出入り口に侵入するのを防ぐため、工夫された出入口のことです。

信長の屋敷?建物跡見つかる!

山頂近くで屋敷建物の基礎となる石が発見されました。
当時、位の高い人のみが使用可能とされていた玉石敷が発見されたことから、信長かその身内が住んでいた可能性が浮上してきました。
また建物周辺からは天目茶碗(てんもくちゃわん)や青磁(せいじ)の小碗も出土しています。
→れきしるこまき(小牧山城 史跡情報館)で実物を見ることができます!

小牧山発掘調査は現在も継続中!

史跡整備に伴う近年の発掘調査によりあきらかになりつつある、織田信長が築いた当時の小牧山城の姿を紹介するコンテンツが揃っています。

「主郭地区の発掘調査」の詳しい結果はこちら

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